図書館の歴史

図書館の起源

 

現在ではたくさんある図書館にも長い歴史があります。例えばクレアパトラの時代のアレキサンドリアは、大規模な図書館が設置され古代社会でも代表される学問と文化の大都市として有名です。

 

この時代よりも、もっと昔から「図書館らしきもの」が存在していたと考えられていますが、正確な起源は不明となっています。アメリカの科学者であるカール・セーガンは自身の著書(コスモス)の中で、

 

「私達の遺伝子が、生き残るために必要な情報のすべてを蓄えることができなくなった時、私達はゆっくりと脳を発明した。その後、恐らく1万年前くらいのことだろう。私達の脳の中にたまたま収まっているものよりも、もっと多くのことを私達は知らなければならない。そういう時期がやってきた。

 

私達は物凄い量の情報を、脳以外の場所に蓄えることを学んだ。このように体の外に、社会的な記憶を蓄える方法を発明したのは、この地球上では私の知る限り人間だけである。そのような記憶の倉庫を図書館と定義する」

 

と述べています。人間は頭の中にしまいきれない記憶・知識・知恵を書物として蓄え、必要な時に取り出し活用できる環境を作り出してきました。しかしこうした文化的な書物を実際に活用できたのは長い間、一部の人間に限定されてきました。

 

知識や情報を支配するものが、持たざる多数の人間を支配するという関係が、人間社会の長い歴史を作ってきたという側面も否定はできません。それが大きく変化してきたのが、近代市民社会以降の話になります。

 

近代公立図書館の祖

 

アメリカにおける図書館の始まり

18世紀の初め、アメリカがまだイギリスの植民地だった頃、当時若き工員であったフランクリンが仲間と語り合う議論の場(ジャントークラブ)に、彼の提案でメンバーが持っている書物を持ち寄り保管をしていました。

 

各人がそれぞれ自分の手元にわずかな本を所有するのではなく、一つの場所に持ち寄ってみなで「共有」すれば、より大きな利便を得ることができるだろうという極めて合理的な理由からでした。

 

これがアメリカにおける会員制図書館の始まりであり、のちに「近代図書館の祖」と呼ばれることになるのです。

 

フランスにおける図書館の始まり

一方フランスでも同じ頃、フランス革命が勃発して、公教育の思想が確立するうえで、大きな役割を果たしました。革命議会においてコンドルセが提出した教育計画の中で、教育は個人が学校を卒業したら放棄されるようなものであってはならないし、全生涯を通じて誰でも自由に知識を確保して、新たな知識を得ていかなければいけないと主張しました。

 

このような社会的背景もあって、フランスの支配者階級の人間達から蔵書を開放することで、フランスの公共図書館の基礎が築かれていったのです。

 

近代図書館の確立

 

近代図書館の確立には、アメリカ・フランスともに社会政策的な面も含めて多様な要因が関係していることは確かですが、どちらも知識を社会的に共有して、市民がみな共通な情報を得たうえで考え、行動できることこそが、民主的に発展するうえで欠かせないという認識の高まりが影響しているのは明らかです。

 

そのための図書館運営費を、公費によって負担されることが承認されたために、欧米においては無償を原理とした近代公立図書館が19世紀半ばには制度として確立された要因にもなっています。図書館が「民主主義の礎」と表現されるのもこのような理由からでしょう。